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ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・
鳥類学研究者グループ:JOGA 第4回自由集会 事例報告1

ガン・ハクチョウ類の冬期湛水水田乾田での利用法と行動の比較

岩渕 成紀(田尻高等学校)

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<地域の概要>

 田尻町は、宮城県仙台市より北東に約50km、大崎耕土の東部に位置する水田を中心とした平坦な農業地帯である。町境には、北東に旧迫川、北に萱刈川小山田川、南に江合川、町を東西に流れる田尻川など、豊富な水は肥沃な耕土をつくりだしている。年間の平均気温11.0度、降水量914mmと適度な雨量に恵まれ、古くから良質米の産地として知られている。農業粗生産額の6割強を米が占める水田平場の兼業地帯といえよう。
 近くには、蕪栗沼、伊豆沼・内沼など、日本有数の渡り鳥の飛来地があり、豊かな環境の町としても知られている。

図1(14KB)

図1.水田に水をいてるポンプと湛水した水田の初期の様子。奥の方に見えるのはコハクチョウの群れ(撮影:岩渕 成紀).

<冬期湛水水田の取組みの経緯>

 かつてこの地域は、冬期間であってもところどころに水の滞留した水田が見られ、ドジョウやカエルなどの多様な生物が生息していた。しかし今、乾田化が進んだ北日本や東日本などの水田は、秋に稲を収穫する時期が近づくと水田から完全に水を落とし、冬期間は農地として使用されず、極度に乾燥した休閑地となっている。

1.乾ききった冬場を湛水する意義

 冬期の水田に生き物の姿を見なくなって久しい。そこで,1998年から田尻町専業農家の小野寺実彦氏と共同で水田地帯の一部に、収穫が済んでから田んぼに水を張って管理する冬期湛水水田を計画した(図1)。水田を冬期間湛水することにより疑似湖沼として管理して、湿地に依存する多様な生物の生息地として利用するためである。このような冬期湛水した水田環境は、冬に日本へ渡ってくる水鳥にとってはこれまでに失われた沼沢地を保管する環境として重要な役割を果たすことが期待できる。また,この方法を活用して、かつては日本全国に分布し、その後の湖沼の干拓と水田環境の分断化などの影響を最も強く受け、現在では宮城県等の一部の地域に追いつめられてしまったガン類の国内分布の拡大に大きな可能性を秘めている。

2.農業へのメリット

 農業に於ける冬期湛水の目的や方法にはかなりの幅があるが、おおよそ2つに分類される。ひとつが「地力づくり」の一環として取り組んでいる例であり、秋から冬、春にかけて繁殖する低温菌(コウジ菌、酵母菌,乳酸菌など)を積極的に田んぼで繁殖させ、微生物の働きでわらや切り株などを分解させ、イネの養分として供給させようとする考え方である。冬期湛水水田に休息や採食に訪れる渡り鳥の糞にはリン酸や窒素が多く含まれており、水田の微生物の繁殖には効果的であると考えられる。もうひとつが「雑草対策」の例である。冬に水を張ることによって、スズメノテッポウやコナギなどの水田雑草が減るという抑草効果がある。このことで農薬の使用を減らし、生産コストも下げることができるなどの効果が期待される。また、水田地帯を湛水水田(疑似湖沼)と乾田がセットとなった環境へと自然度を高めることで、農地の生物の多様性を高め、自然との共生を図り、農地の多面的利用するための一手段として高い可能性を秘めている。

<冬期湛水水田の取組みの概要>

 1998年〜2001年の冬期シーズンに、宮城県田尻町を中心に冬期湛水水田を利用した水鳥生息域保護ネットワーク作りのための実験を行った。冬期湛水実験水田は1998年〜1999年シーズンが不耕起栽培水田を中心に2.0ha、1999年〜2000年,2000〜2001年,シーズンが慣行農法水田を含めた5.8haの調査を行った。各シーズン共に11月から水を入れ始め、2月中旬まで湛水の状況にして調査を進めた。

1.湛水水田を訪れた水鳥の数の推移

 湛水水田でのガン類とハクチョウ類の個体数の総数を表したのが図2である。各シーズン共にガン類,ハクチョウ類が厳冬期や,大雪によって田面が雪に覆われている時期以外は,コンスタントに冬期湛水水田を利用していることが分かる。カモ類に関しては、夜間観察用の望遠鏡(ナイトスコープ)の調査を行なったが、稲株とカモ類が重なると見分けがつかず、個体数を数えることが不可能であった。しかし、カモ類は冬期湛水水田を利用していることが夜間の音声の分析によって明らかになっている。

図3(16KB)

図3.冬期湛水水田と乾田に於けるマガンの行動。

2.湛水水田を訪れた水鳥の行動

(1) ガン類

 冬期湛水水田と冬期の乾田を訪れたガン類の行動調査の結果を比較した結果が図3である。乾田を訪れたガン類の71%は、乾田を採食場として利用しており、落ち籾を食べるといった採食行動を行なっていた。一方冬期湛水水田を利用したガン類は、休息が39%、水飲みが19%,羽づくろいが11%であり、採食行動はわずかに6%であった。冬期湛水水田でのガン類の行動は, 湖沼利用の場合と類似していた。ガン類は冬期湛水水田を湖沼と認識して行動していることが分かった。

(2) ハクチョウ類

 一方、ハクチョウ類は主に稲株や、畦畔の雑草を採食し、その場で休息,背眠し、日中のすべてを冬期湛水水田に依存していた。現在の冬期湛水の規模がまだ十分に広範囲ではなく、夜間にテンやタヌキ、キツネなどの動物に採食される可能性を残しているため、これらのハクチョウ類は、として湛水水田をフルに利用する事はなかったが、数日間のとしての利用も見られた。

3.除草・施肥効果の期待

 冬期湛水水田の農業の側からみたメリットには以下の4点が考えられる。

  1. スズメノカタビラ、スズメノテッポウなどの陸生の雑草を中心とした抑草効果

  2. 水面採餌型水鳥が雑草種子を採食することによる抑草効果

  3. 水鳥の糞による施肥効果

  4. 冬期の水田の生物多様性を高めることで水田の環境面での評価を高める効果

以下、農業の側から見た湛水水田の実際を見ていくことにする。

<多面的利用の実際と技術>

1,冬期湛水水田の選択

 冬期の用水路は、完全に水が枯れているわけではない。一部をせき止めることで水がたまり,場所によっては容易に揚水が可能な場所がある。また、水田側では排水路や暗渠を止めることで湛水することが可能になる。横への浸透が激しい場合に関しては、畦マルチが有効である。縦浸透に関しても秋に軽く耕起することで防ぐことができる。
 土が表面に出ない程度に水を張ることができれば効除草果は十分にあがる。暗渠のドレインコックを締めておけば、天水だけでも湛水が可能である。

2.湛水水田抑草効果

 表2は、2001年4月23日に田尻町で行った、湛水による不耕起栽培水田と慣行農法水田の抑草効果を比較した結果である。調査は、1平方メートルの方形区を各水田の5カ所に設定して、雑草の株数と被度を測定する方法で行った。雑草の株数でも被度においても、抑草効果が現れている。冬期湛水の除草効果は不耕起栽培での効果が慣行農法に比較して大きいと言えるが、慣行農法であっても除草効果が十分に期待でき、農法の違いに影響されることなく効果があがることが分かった。

表2.冬期湛水水田の雑草調査(2001年4月23日,宮城県田尻町).1m四方の方形区を水田内に5カ所設定して測定した.平成13年 宮城県ガン類生息環境調査中間報告から.

(1)雑草株数.単位は%未満.

調査日(月/日)
2001.4.23

左上
II

右上
I

右下
IV

左下
III

中央
V

合計

湛水水田(小野寺不耕起A)

3

12

6

1

9

31

対照区(小野寺不耕起B)

127

22

76

37

673

935

湛水水田(高橋慣行E)

76

17

42

32

11

178

対照区(高橋慣行F)

138

234

330

81

72

855

湛水水田(千葉不耕起C)

18

12

0

12

5

47


(2)雑草被度.単位は%未満.

調査日(月/日)
2001.4.23

左上
II

右上
I

右下
IV

左下
III

中央
V

合計

湛水水田(小野寺不耕起A)

1

1

1

1

1

1

対照区(小野寺不耕起B)

10

10

1

1

20

20

湛水水田(高橋慣行E)

10

1

1

10

1

5

対照区(高橋慣行F)

1

10

40

10

1

50

湛水水田(千葉不耕起C)

1

1

1

1

1

1


図4(8KB)

図4.冬期湛水による抑草効果(平成13年度宮城県ガン類生息環境調査中間報告を編集)。青:湛水水田,褐色:非湛水水田(対象区).

 特に、雑草の株数のみの結果をまとめたものが図4である。湛水水田は、非湛水水田に比較して1平方メートルあたりの雑草の平均株数が明らかに少なかった。
 また、冬期湛水水田の除草効果については、すでに大畑・山本(1999)が石川県加賀市で行っている。湛水水田は、雑草の株数でも乾燥重量でも除草効果が見られた。この調査では、対照区である非湛水水田の雑草が5カ所すべての調査区で見つかったのに対して、湛水水田の雑草は局所的に見られただけであった。宮城県と石川県の湛水水田の調査結果を総合すると、地域や農法によらず、雑草の株数、乾燥重量、被度すべてにおいて湛水水田は除草効果が期待できることがわかった。また、山形県平田町佐藤秀雄氏の冬期湛水水田の例では、秋に浅く耕起することで除草をより効果的に行なうことができることも分かってきている。

3,湛水水田の施肥効果

 表3は、冬期灌水水田の施肥効果について、平成13年度宮城県ガン類生息環境等調査のデータをもとに作成したもので、全窒素とP2O5、K2Oを比較したものである。全般に冬期湛水した不耕起栽培水田に施肥効果が上がっていることが分かるが、特に冬期湛水の不耕起栽培の部分で、リン酸分に対する施肥効果が明確に高い傾向が見られている。

表3. 冬期湛水水田による施肥効果(サンプリング:2000年11月27日).平成13年 宮城県ガン類生息環境調査中間報告から.

項目

分析方法

報告
下限値

田尻町慣行水田A

田尻町慣行水田A対照区

田尻町冬期湛水不耕起水田B

田尻町不耕起水田B対照区

冬期湛水不耕起水田C




棚田水田

棚田水田

冬期湛水3年経過

不耕起栽培水田

冬期湛水2年経過

全窒素(%)

土壌養分分析方法11.1

0.01

0.1

0.08

0.19

0.15

0.22

P2O5 (%)

土壌養分分析方法12.2

0.13

0.11

0.08

*0.32

0.22

*0.47

K2O(%)

土壌養分分析方法13.2

0.01

1.23

1.17

1.65

1.92

1.24


 一般に水鳥の糞は多量のリン酸分を含んでおり、これが施肥効果として有効に働いているといわれている。水鳥(カモ類)の渡来前と渡来後の土壌成分の比較は、石川県加賀市の石川県農業研究センター(大畑・山本1999)で行われている。1998年10月と1999年3月の土壌を採取し分析した結果、リン酸分の施肥効果があがることが示された。
 現在の有機農法でもリン酸分の補給は堆肥等では補えず、有機栽培農家はマドラグアノ(マドラ島のコウモリの糞や海鳥の糞)等に頼っている状況にある中、野生の渡り鳥がリン酸分の補給にきてくれる湛水水田は、農家にとっても野生生物と共生できる手段として大いに期待できる。

<まとめと今後の課題>

 これまでの水田の冬場の管理は、収穫後できるだけ早めに耕し、土壌を冬の寒気に晒して乾燥させる方法であった。これは乾燥させることによって土壌微生物を死滅させ翌年の稲の養分供給に役立たせるという乾土効果の考え方が基本にあったためだ。
 しかし、冬期に湛水することで冬から秋、春にかけて繁殖する低温菌(コウジ菌や酵母菌など)を積極的に田んぼで繁殖させ、微生物の働きでわらや切り株などを分解させ、イネの養分として供給させようとするという考えかたでこの湛水水田をとらえるならば、施肥効果が期待できる。従って水を張る前に、コメヌカだとかオカラをいれただけでも効果があると考えられる。また、渡り鳥の糞にはリン酸や窒素が多く含まれているため微生物の繁殖には、それらが大いに役立つことが期待される。また、冬に水を張ることによってスズメノテッポウやコナギなどの水田雑草が減るという抑草効果も期待できる。しかし、一方土地の条件によっては、クログアイやオモダカが逆に増える可能性もあるため、繁茂し始めたらアイガモに食べさせるとか、早めに手取りして対応するとか、湛水を休止して収穫後に2〜3回耕起し乾燥させるなどの臨機応変の対応をするのが必要であると考えられる。
 冬期湛水水田は、現在全国各地で実験的に実践が進められ始めている。水田を湿地の賢明な利用法のひとつとしてとらえるならば、環境と農業が共生する重要な手段として冬期湛水水田の研究を進められる価値は高い。

【参考文献】

[JOGA第4回自由集会「水田農業とガンカモ類 〜「対立から共生へ」その鳥学的戦略〜」 2002年9月14日]

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このページは「東アジア地域ガンカモ類保全行動計画・重要生息地ネットワーク」公式ホームページ(http://www.jawgp.org/anet/)の一部です. 2002年9月9日掲載.